働かずに稼ぐのは悪という風潮

ほとんどの人たちに共通している価値観の一つに「仕事=労働」があると思う。
もうほんと8割以上そうだと思う!!!w

 

社会人になったら人生のほとんどを労働に捧げることが当たり前、
週休は2日、一日8時間でも10時間でも働く。
労働を頑張れば頑張るほど「偉いね」と称えられたり、少し給料が上がったり。
こういう常識を信じる人たちにとって、
常識に忠実に従う人は、見ていて気に障ることはないだろうね。

 

だからサービス残業をすることになっても、
当たり前のように有休がとれなくても、なんとなく耐えてしまう。
みんなそうしてるし、それもいわゆる、常識だし。

 

でも、わたしがこのブログに書いたりしてる通り、
仕事も人生も自由に!!みたいな性格の人(笑)、
あるいはそういうのに憧れがある人だったら、
「仕事=労働」という価値観自体を改める必要があると思うね。

 

多分、↑の8割の人のうち、そのほとんどは、
労働以外の手段で収入を得てる人に対して、
「なにかズルをしてる」とか「悪いことをしてる」って不満を持つことが多い!
不満の対象が、労働をしていないニートだけじゃなくて、
労働以外で収入を得ている人、裕福層なども含まれてるってことね。
それが、まだ世の中「労働」が絶対視されているゆえんだなと思います。
(たとえ相手が、自分と未来永劫関わることがない相手だとしても、強く非難したり文句を言ったりしているのはよく目にする、耳にする・・・)

 

お金は「汗水垂らして労働した対価として得るもの」って思ってるから、
お金持ちは何かずるをして稼いでいると思ったり、
「自分はこんなに頑張っているのに・・・・」と嘆いたりする。
心当たりがあるなら、その考えを改める必要があるってことだな( ̄ー ̄)

 

わたしたちが一生懸命働くこと、つまり労働そのもの。
ここにお金が発生してるわけではないのよ。
わたしたちが「働くことによって」サービスが向上したり。
商品に需要が生まれたり、景気が良くなったりすることに意味があって、
その報酬として!!!!お金が発生してるわけね。
お金は与えた価値の対価だからね!

 

ここが理解できれば。
「価値を与える手段」は労働だけじゃないってこと・・・・
自分が毎日8時間、会社で労働することだけではないとわかるはず。

 

Amazonみたいに、ネットショッピングのシステムを作ってくれる人がいるお陰で、わたしたちはわざわざ店舗に行かなくても、端末からすぐに商品を購入することができて。
マンションを建ててくれる人がいるお陰で、わたしたちは何千万とかけて家を建てる必要もなく家に住むことができて。
ホテルがあるおかげで、旅先でも気兼ねなく泊まることができるのです。

 

そうやって世の中を便利にしてきた人たちも同じように、
価値の対価としてお金を受け取っているだけ。
労働せずにお金を得たからといって非難するのはかなり的外れだって思うよねー
 逆に言えば、裕福であればあるほど、
社会に多くの価値を提供していることになるから!w
裕福層に妬み僻みを言っている人たちよりもよほどたくさんの価値を生み出しているわけだ。。。皮肉にも。
彼らが作ってくれたシステムが無ければ、
現代はこんなに便利になっていないと思うし、わたしすごい感謝してるw
もうこれからの時代は、労働しなくても価値を生み出せるようになったほうが社会を豊かにするし、
自分自身もどんどん労働と仕事を切り離して、自由になることができるじゃんね。
わざわざ他人が信じている労働という常識を手段にするのではなく、積極的に労働から離れていくべきだとさえわたし思います。

 

まあ、社会に価値を、とか言ってるけど、
別にいきなり大規模なことをする必要は無いと思ってる。
自分がやりたいことをやりたいようにやらなければ結局仕事がつまらないものになってしまうし、、、
あるいは長続きしない。必ずどこかでガタがくる。
今日は、労働絶対主義みたいなのを壊したかっただけw

 

p.s.先日、少し遅くなりましたが成人を祝ってきました。
成人式も行かなかったのでせめて写真でもと、母の36年前の振袖を受け継いで。
本当に美しい振袖でした。親子で着れて嬉しいです。

成人とか、誕生日とか、何かの記念日を祝うのは素敵なことです。
でもわたしは「その日だけ特別」とは思わなくて、
今こうしている時間もあっという間に過去になっていくので、
一瞬一瞬を悔いのないように生きなければなと思います。
人生、悔いのないようにゲームしなくては!!!!

 

それでは。

 

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2件のコメント

  1. こんにちは。

    ご成人おめでとうございます。
    素敵な写真ですね。

    今回の内容は、とても考えさせられますね。
    仕事をしていること自体がルーチンワーク化し、その結果、
    お金は「汗水垂らして労働した対価として得るもの」と勘違いしてました。

    そんな考えを改める、いいキッカケとなりました。
    ありがとうございます!

    1. コメントありがとうございます^^
      お金が何の対価であるかというのは色々な意見があります。労働の対価だと言う人もいますし。
      でも労働の対価であれば、会社の指示で両手に水入りバケツをもって歩き回るだけでも成り立ってしまいます。
      だから労働そのものに意味があるのではなく、労働によって生まれた価値に意味があるのだとわたしは思います。

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